読書 - この先結婚するつもりもないのでセミリタイアした
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町おこし本、残りの3冊の感想とまとめ

こんにちは、槙です。

昨日の続きです。
参考:外国人が熱狂するクールな田舎の作り方




これはカーリルのトップ画面に出てきたので興味を持って借りた本です。

いわゆる「リノベーションまちづくり」の流れを実体験に基づいて述べられています。昨年鳥取大学の公開授業で話を聞いた油津商店街も同じ部類に入ろうかと思います。



ただ個人的にはこの方向性に持続性があるのか?とちょっぴり疑念を持ってるんですよね〜
10年スパンでは良いにせよ、そのあとも持続的にお金を稼ぐことができるのか?というところがまだまだ見えてこない感じ。

前記事の飛騨エリアはインバウンド客を取り込んで稼ぎに変えており、持続性が期待できますが、リノベーションまちづくりの手法でそこまで期待できるのか微妙です。
この本の中でインバウンド客についての記述があまりなかったせいで余計にそう思うのかも…

何にせよ「リノベーションまちづくり」は現在進行形というところでしょう。








最初、この本の表紙を見たときは「売る気ないのか!?」と思っちゃいました(^^)


でもこの本が読みものとしては一番面白かったかも。
表紙に写っている観光カリスマ後藤哲也さんの生涯が記されているわけですので… 

ちなみに本が出版された2005年時点で73歳、調べたら今年の1月にお亡くなりになったそうです。合掌。

徹底的に景観にこだわった温泉街を作り出し、日本一の人気を誇る黒川温泉。
黒川温泉の魅力は何かと言うと「日本のふるさと」の雰囲気を思いっきり味わえること。

           (本文より)

黒川の嫌われ者だった著者が、50代半ばになってから温泉組合の理事になって改革に取り組み、黒川温泉全体に雑木を植える活動に取り組むわけなんですが、この計画自体には組合内で賛否両論あったらしいです。

それでも強行できたのは「自治体からの緑化推進の助成金が出たから」というのは、テレビで見たとき「よくこんなことできたな〜」と思った私に取って、ある意味予想外の答えでした。

しかし2年やっても目立った効果はなく、組合内でも反対の意見が大きくなってきたそうで、これまで賛成してきた一部のものもやめようと言い出すほどだったとか…

それでも3年目の植樹も強行!
その結果、ようやくお客さんからの驚きの声が聞こえてくるようになり、反対する声も小さくなっていったそうです。

著者である後藤さん曰く、この時が一番辛かったそうです。

結果が伴わず、味方からも止めようと進言される状態。
それでも周りの声に惑わされることなく、植樹を強行できたのは助成金だけでなく、後藤さんの確たる信念があったから。

その信念というものは、「温泉客は癒しを求めている。人は自然に包まれている時に癒される。だから温泉全体を雑木で包み込み、山奥の温泉郷といった雰囲気を作り出せば、黒川温泉はオンリーワンになれる!」みたいな感じ…

後藤さんは温泉宿や露天風呂などの安らぎの空間づくりに絶対の自信を持っているんですが、それは各地の観光地や温泉を巡り独学で身につけたもの。
どうやら天才肌だったみたいです。






町家の内部、店先よりも奥の生活空間を見てもらうことから始まった活動。
「みんな」でやらず、賛同してくれる人たちで始めるなど、よその場所でも実施できそうなヒントがいっぱいある。

前記事の山田拓さんなんかはマンパワーで押し切った事例だけど、こちらはそれに比べて全然ハードル低い。

だから「これなら自分たちでも出来そう」と思えてくる。そういった意味でも倉吉ひなビタ♪応援団のメンバーに薦めるならこの本。
ただ、この本、倉吉市立図書館には入ってないんですけどね(笑)

最後の方に書かれていて印象的だった箇所。

「ヨソモノ・ワカモノ・バカモノ」の呪縛から抜け出るべし
この言葉の最大の弊害は、この言葉が「言いわけ」にすりかわってしまっていることである。この言葉を都合よく使って、町おこしを「他人事」にしてしまっていることである。


なるほど〜、結構ありがちな気がします。




さて、似たようなテーマで一気に4冊を読んだわけですが、そのうち3冊で景観の重要性を述べていました。

里山の原風景(飛騨)、
日本のふるさと(黒川温泉)、
歴史ある城下町(村上市)。

私、前にこの本を読んで以来、地方の生き残る道はインバウンド観光なんだろうな〜と思ってます。


なので地方が生き残るには日本独特な景観の維持が必須かと…
とりあえず山陰地方で言えば石州瓦の家屋です!

ちなみに我が倉吉では「レトロ&クール」を標榜しているのですが、それらの相乗効果を出すにはけっこうなチャレンジが必要だと思われます。


せっかくなので観光がらみで以前書いた記事を貼っておきます。
参考:倉吉まちづくりはこのコンセプトでどうだろう?
参考:倉吉観光に必要なもの、それは観光客の属性に合わせた的確なガイド
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外国人が熱狂するクールな田舎の作り方

こんにちは、槙です。

ここ最近、立て続けに町おこし系の本を読んでみましたので、その感想なんかを…


まずはコレ



この10日ほどで4冊読んだわけですが、この著者である山田拓さんが一番最先端を行っている感じがしました。

この方、大学院を卒業後、外資系のコンサルタント会社に入社し、そのままアメリカでそのキャリアをスタートさせます。
その後、1回の転職をするも、もっと海外を体験したいと30歳を前に退職し、奥さんと一緒に1年半にも及ぶバックパッカーの旅に出ます。

で、すごいのがただ旅するだけじゃなく、自ら企画を売り込んでいくつかの企業にこの旅のスポンサーになってもらってるんですね。そして自分たちは旅先からブログを更新すると…
この辺りからちょっと常人とは違うセンスを感じます。

そして旅の中で、日本の歴史と文化の豊かさに気づき、そういった文化と身近な生活を送っている地方部への移住を決意します。

そして縁あって岐阜県の飛騨市古川地区に移住。
インバウンド狙いの飛騨里山サイクリング事業の立ち上げ、里山の風景に欠かせない古民家の調査・維持活動などを行い、いまではそれらの事業・活動が評価され、首相官邸で行われる観光戦略の会議に招かれるほどになっています。


でもその一方、飛騨に来た最初の頃は大変な目にあったみたいです。

この山田さん、移住当初は新しく発足した飛騨市観光協会の戦略アドバイザーに就任することになったんですが、移住するにあたり住居は賃貸を希望していたのに「就任したいんだったら、購入しろ!それも通常の価格の倍で!」的な、訳のわからない田舎の論理に直面したり(そのまま受け入れて購入)、戦略アドバイザーとしてバリバリ働いていたら、市長の交代によりこれまでの成果を否定され、それから1年後、わずか3年でアドバイザーとしての職を辞することになったのです。

でもこの人がすごいのは、これにへこたれることなく、
「小さなコミュニティにおいて、時には正しさや合理性より好き嫌いが意思決定を左右したり、自身の意思よりも地域の関係性が重要視されたりすることもあるといった、地方社会の現実を深く深く理解する機会となりました。」
とこの経験を前向きに捉えて、引き続き飛騨の観光に携わったことです。

普通こんな経験したら幻滅して都会に戻りそうなもんですけどね〜
まぁこれには家を高値で購入させられたから、戻ることもできなかったという事情が影響していたのかもしれませんが…


その後、前述の飛騨古川の里山風景をサイクリングで回るガイドツアー事業を立ち上げるんですが、この立ち上げには行政機関の支援策、要するに補助金を活用してました。ところが3年目で使えそうな補助金がなくなってしまったそうです。

そこで給料が下がっても働いてくれる意志があるかどうか、当時のキーマンだったスタッフ二人と率直に話し合ったみたいです。その結果、事業継続となったわけですが、このとき一人でも降りていたら、事業は続いていなかったとはなかなかの驚きでした。

これほど優秀な方が実践してもこの状況なんですから、地方で事業をゼロから作り上げるというのは本当に大変なんですねぇ、この時点でも飛騨里山サイクリングはいろいろと評価はされていたんですが…
ちなみに事業継続のための資金を借りるために地元の地銀に相談したそうですが、うまくいくはずないと言うばかりで全然お金を貸してくれなかったそうです…(苦笑)


あとこの本読むと、つくづく飛騨エリアのポテンシャルの高さに驚きます。ミシュラン3つ星の高山に、世界遺産の白川郷。他にも日本3名湯の一つである下呂温泉もこのエリアに入ってくるとか。

山田さんはこの飛騨エリア全体に活動の場を拡げており「企業経営の手法を地域経営に」活かして様々な施策に取り組んでいるとのこと。
今後の飛騨エリアの動向が気になるところです。

ショック!「カラマーゾフの兄弟」は未完だった

こんにちは、槙です。

ブログの更新をサボりつつ、図書館に入り浸って読んでいた「カラマーゾフの兄弟」、ようやく読み終わりました。













読み始めたのが8月15日ですから、ちょうど半月かかったわけです。

4巻までの感想は「複数の印象を抱かせる本だ」というところです。

例えば2巻では、神はいるのか?といった信仰面での話が色濃いです。
一方、3巻はものすごくギャップを感じさせる話です。最初の章で信仰に迷いがでた主人公アレクセイ(三男)がもう一度神を信じるようになる魅力的なエピソードからの、次章、長兄ドミートリーのおよそ考えなしの行動の描写には面食らいました。
そして4巻では次兄イワンが下男スメルジャコフを問い詰めた結果、知る真実は思いがけないもので読者にも強く響いてきます。その後のクライマックスではまさしく法廷劇が繰り広げられ、検事と弁護士、それぞれ最後の弁舌に読者の意見も振り回されます。

でも4巻では違和感を感じるところもあります。唐突に出てくる少年キャラたち。1巻では主人公にラブレターを送る少女でのちに婚約者となるも、4巻時点では同じ少女が婚約解消しており性格も豹変している点など。


そして5巻を読み始めてみてびっくり。なんとエピローグはたったの60ページで、残りはドストエフスキーの生涯と、訳者の解題(←書物の解説のこと、始めて知った)に当てられているのです。
そしてそのエピローグでも兄弟たちの行く末は何も描かれておらず、次兄イワンに至っては登場シーンすらありません!

で、解題を読んで知ったのですが、カラマーゾフの兄弟には13年後を舞台にする第二の小説が予定されていた、と。
そして4巻の違和感はそのための仕込みだったため、と。
だから兄弟たちの行く末も特に描かれてなかったんだな、と。

解題にはそのプロットらしきものが説明されています。「カラマーゾフの兄弟」のテーマは「父殺し」でしたが、次回作は「皇帝の暗殺」になるとのこと。

おもしろそーじゃないのっ!

でも作者であるドストエフスキーがすでにいないことはすでに明白です。
だからこのお話を読むことは不可能なのです・゚・(つД`)・゚・

享年59歳で突如この世を去ったドストエフスキー、1881年のロシア人はその死を嘆いたことでしょう。そして次回作が永久に読めなくなってしまったことにも…

限界費用ゼロ社会、ここ最近思うこと

こんにちは、槙です。

2016年の年末に読んで、非常に衝撃を受けた「限界費用ゼロ社会」。

参考:「限界費用ゼロ社会」を読んでスゴイ刺激を受けた!

あれから1年と4ヶ月が経過しましたので、今の時点の考えなどを整理しようかと…


その1、無料もしくはとても安価に提供されるサービスには2種類存在する。

一つはインターネットの理念に沿った水平・分散・協働型のもの。
例)Wikipedia、Linux、シェアリングエコノミー、ブロックチェーン、ファブラボ、オープン思考のフリーソフトなど
著者のジェレミー・リフキン氏はこちらを志向していました。

もう一つがプラットフォーム企業が自社への囲い込みのため、無料で提供するもの。
例)Google、Amazon、Facebookなど
最近思うんですが、このプラットフォーム企業というのは、グローバル経済圏のさらに上位に位置するものなんだろうなぁ、と。
冨山和彦氏がグローバル経済圏とローカル経済圏のことを比較していましたが、Amazonを除けば物流すら存在しない経済圏ですので、競争が熾烈になるのも当然ですね。
参考:有名企業からの脱出

そして後者が資本主義の枠組みの中で経済活動をしているのに対し、前者は脱・資本主義の匂いを感じさせます。

そしてこの番組。


別に欲望自体は良くも悪くもないと思うのですが、NHKのこの番組は資本主義を悪いイメージで捉えて番組作りをしていたように思います。だったら何が良いんだよ!と突っ込みたくはありましたが…

資本主義と競争は切っても切れないもので、その競争が激化する中、振り落とされる人たちが多くなるのはもはや仕方ないことなんでしょうね。
と、まさにグローバル企業でメンタルをやられた私が言ってみる(;д;)


その2、実際に水平・協働型活動に触れることができた。


ひなビタ♪東京ライブのあと、ファンが自発的にハッシュタグをつけて失敗談をツイートする流れに。


仕掛け人であるTOMOSUKEさんものってくれました。



せっかくなので私も。

この一連の活動で、倉吉でやらかしたひなビタ♪ファンの失敗談が、#倉吉でアーメウで検索すれば、一度にわかるようになったわけです。

これぞまさに水平・協働型なんだな〜、と実感することができました!

個人的にくらよしフィギュアミュージアムはこういった方向性で頑張って欲しいんですけどね…


その3、インターネットがもたらす悪い面



ツイートでは漫画村に触れましたが、この本で一番気になったのはミドル層の喪失という部分でした。

(以下引用)
デジタル革命によって特に深刻な害を被っているのが多様性である。上位1%への一極集中はあらゆる文化部門でもっとも目につく経済的特徴になっている。(中略)出版界の上位1%経済による損失で最も深刻なのは、いわゆる「ミッドリスト(ベストセラーではないが、まずまずよく売れている書籍)」の消滅である。「売れるかどうかはっきりしない」「オフビートな」作品に賭けてみる余裕がない。

確かに音楽を志すにしても、参入あるいは作品発表のハードルは一気に低くなったけど、そこからのマネタイズとなると一部の成功者を除きほとんど不可能になっています。

これはユーチューバーではもっと顕著なのかな。音楽の場合、ライブという配信では味わえない上位互換コンテンツがありますからね。


以上、つらつらと書き連ねてみましたが、私自身が面白いと感じるのは、やっぱり資本主義ではなく限界費用ゼロ社会、水平・分散・協働型のシステムですね。

あとGoogleは資本主義経済の中でやってはいるものの、なんとなくオープン志向で、水平・協働型でもあるように思えます。実際私がローカルガイドとして、日々Googleマップの充実に貢献していますし!
でもそんなところが株価がイマイチさえない原因なんでしょう(笑)

安楽死について考えてみた

こんにちは、槙です。




ヨーロッパ在住のジャーナリストである著者が、世界各地の安楽死の現場を訪れ、実際に安楽死を施す現場に立ち会ったりします。また安楽死を迎える直前の本人から、あるいは残された家族からインタビューするなど、かなり突っ込んだ取材を行なっています。

取材を始める前は安楽死のことについてほとんど知識もなかった著者ですが、それが読み手に対して親近感を抱かせ感情移入させやすくなっています。
そして安楽死容認の国から禁止の国へと取材の旅を続けるうちに、徐々に著者の考えも変化していきます。その変化の元となる取材の旅を読み手も追体験することで、否応なく安楽死について考えさせられることになるでしょう。


もともと私が安楽死容認の立場を取っているのは、強烈な体験があったわけでも、深い考えでもありません。

ますます膨らんでいく日本の高齢者医療費を鑑みた場合に、そこを削減することは必須。であれば胃ろうなど必要とは思えない延命治療を施し、死ぬまで不便で苦しい生活を強いると同時に、高額の医療費を浪費することは即刻やめるべき!と考えていたわけです。

他にも自分自身が寝たきり生活になってしまった場合など、他人(社会)に迷惑をかけるくらいなら安楽死させて欲しいという、漠然とした思いがありました。


あと常々思っていたことですが、昨今の「生産性向上」というワードを見るにつけ、「社会全体の生産性はどうなんだ!」と思います。
つまり今後回復の見込みのない高齢者医療・介護に税金を費やすこと、ましてや今後ますます減っていく生産年齢人口を割り当てることは、社会全体の成長の足を引っ張ることになりませんか?ということです。

ま、この話は要するに姥捨山や優生思想にも通づる部分があり、かなりデリケートではありますが…

その一方で、出生前診断で異常が見つかった場合の中絶率は9割を超えるという報道もあるようです。
毎日新聞:新型出生前診断、本格実施 優生思想あおる「利益」優先
つまり現実的には、すでに命の選別はなされているとも言えるわけです。


また作家の橋田壽賀子さんが安楽死に関する本を昨年出版しました。


そして評論家の西部邁さんは病院での延命治療を嫌がり、先月自ら入水自殺したと言われています。
これについては、ちょうど「安楽死を遂げるまで」の著者である宮下洋一氏がプレジデントオンラインに安楽死の状況を交えて書いています。
プレジデントオンライン:西部邁の「自裁死」を美談にしてよいのか

宮下洋一氏はその著作や記事の中で「日本人は安楽死に向いていない」と書いています。以下引用。

 私は「日本人に安楽死は向いていない」と考えている。なぜか。それは周りに迷惑をかけないために安楽死を選ぶのだとすれば、家族からの「そろそろ患者に逝ってほしい」という空気を、患者本人が察して、死を願い出るケースも十分考えられるからである。「空気を読む」という日本的習性が、死にかかわる決断を左右するのは危険だ。それは長年、欧米で議論され、培われてきた「死の自己決定権」とは、対極の概念に行き着くものだからだ。

なるほど確かにそういう面はありそうです。さまざまな安楽死の現場に接してきた氏が言うと説得力ありますね。
「失敗の本質」を読んで以来、そのことを疑う余地は私にも無いです。
参考:「失敗の本質」、それはつまるところ日本人の性質


さて日本における安楽死を容認すべく活動している団体は1976年に「日本安楽死協会」として発足しました。
その後1983年に「日本尊厳死協会」と改称しています。

そして今、日本尊厳死協会は(筋弛緩剤投与などの)積極的安楽死を支持していません。
あくまでも回復の見込みがない場合に延命治療を望むかどうか、自分の意思がしっかりとしているうちに文書に残しておく「リビングウィル」の普及活動をメインにしているようです。

ただこれも公的な制度というわけでもなく、例えば私がこのリビングウィルを文書に残していたとしても、突然の交通事故などで意識不明の状態になると、身近な家族などがそのリビングウィルを保証してくれない限り(一人でIターン移住した私にはほとんど無理)、おそらく医師は延命治療を施すことになります。
本人(私)の意思が確認されない以上、一旦施された延命治療はやめることができません。(つД`)ノ

どうせなら自治体が年に一度行う健康診断時に、このリビングウィルを本人に確認し、公式な記録として健康保険証と紐付けで管理してくれればいいんですけどね。そうすれば上記のようなことは防げるはずなんですが…
残念ながら現時点ではそういった議論もなかなかできない状況のようです。


あと認知症になってしまった場合ですが、現時点で安楽死できる可能性があるのは精神疾患者でも安楽死できるベルギーだけのようです。
日本ではいくら議論が進んでも、そのハードルは高そう…

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プロフィール

槙

Author:槙
2014末に会社を辞めたセミリタイアおじさん。 2016年に鳥取移住してセルフリノベーションで民泊準備中。 属性はフィギュアオタク、ひなビタ♪も応援しています。『限界費用ゼロ社会』到来派。

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